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ヨガ哲学ニヤマ②サントーシャ

みなさん。こんにちは。京都のヨガスタジオTerasu スタッフ兼インストラクターのYUKAです。

今回はニヤマのサントーシャ(知足)についてお伝えしていきたいと思います。~参考文献~インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガ・スートラ

知足とは言葉の通り”足るを知る”ことです。
本書では「幸福を求めて下界へ赴くことなく、ただあるがままであることである。もし何かが来るなら来るがままにさせる、来なければ来ないでそれも良しー。知足とは、好悪のないことである。」と書かれています。そしてその結果として「人は無情の喜びを得る」と言われています。

ではこの教えについてどういうことなのか?一緒に考えていきたいと思います。

まず”足るを知る”という事は、今の状態が充分幸せで足りていない物など何もないということに気づくこと。すると「今の状態」に感謝の気持ちが生まれ「無情の喜びを得る」ということに繋がるのだと思います。

もし「今ここにいるということ」「呼吸をしているということ」「この世に存在しているということ」に感謝し”充分足りている”と思えたなら日常生活がもっと幸せ(無情の喜び)だと感じられると思いませんか?

それなのになぜ「足りていない」と思ってしまうのか?皆さんはどう思いますか?

いろんな要因はあると思いますが、私が「足りていない」と感じる時はどういう状態の時かなと考えてみると・・・「日々の状態を当たり前だと思ってしまい感謝の気持ちがなくなってしまっている時」なのかなぁ思います。

例えば寝る場所があること、食事ができること、身体を動かせることなど今できていることや目の前にあるものがありがたい事だと感謝でき幸せだと思えたなら、「足りていない」とか「それ以上のものがないと幸せになれない」とは思わないです。まさに知足。

要するに当たり前を当たり前ではないと思い感謝できている状態は知足であり、逆に当たり前だと思ってしまった瞬間に感謝の気持ちが薄れ、次から次へと足りない物を探してしまう不足の状態。

例え話ばかりですが、チョコが2粒目の前あった時、「2個しかない」と思うと少なくて足りないと感じますが、「2個もある」と思うと充分足りているように思えます。

”足りていないと思って不幸せ”だと感じるのも自分次第、”足りていて幸せ”だと感じるのも自分次第。捉え方(心)次第で幸せにも不幸せにもなれてしまう。どうせなら自分の心の中を”幸せ”にしておきたいですよね。

あらゆる出来事に感謝する気持ちを持つことがサントーシャ(知足)の実践に繋がるのだと思いました。

ただ「知足」の教えの中で間違えて捉えてはいけないなぁと思う事があります。それは「今に満足して何の努力もしようとしないこと」です。
相反することを言っているかもしれませんが、いろんな面で成長していくために現状に満足せず努力することは大切で必要なことですので、ひとまず現状に感謝をする気持ちを持ち、そこからさらなるステップアップの為の努力を☆

私自身、今回コロナウィルスが広まったことにより今まで当たり前のようにスタジオでクラスをさせていただいていたことが出来なくなり、改めて今までのことに感謝の気持ちが沸いてきました。常にそういう気持ちを持っていないといけないのですが、ついつい忘れてしまいがちで失って気づくことってたくさんあるなぁと反省。。

今一度、現在の環境や日々の生活で起こる出来事に対して感謝の気持ちを持ちながら更に精進していきたいと思います!!

 

最後に・・・知足のお話を書きながら私の頭の中に出てきた言葉があります。それは相田みつをさんの言葉で私の大好きな言葉。

「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」

この言葉の中でも、しあわせは自分の中にあってそれに気付くのは自分次第だと言う事を教えてくれているのだと思いました。

では本日はここまで。最後までお読みいただきありがとうございました(^▽^)

次回テーマ「タパス」⇒https://terasu.kyoto/blog/7932.html

 

#ヨガ哲学 #ヨガスートラ

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